はじめの言葉   2009年1月号より

                  謹賀新年

■「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言ったのは、初代ドイツ帝国宰相のオットー・フォン・ビスマルクだそうである。フリー引用句集「ウィキクォート」によると、実際には「愚者だけが自分の経験から学ぶべきだと信じている。私は最初から間違わないと誓ったので他人の経験から学ぶのを好む(直訳)」と言ったという。要は、学び方を言ったのであって、愚者と賢者の違いを言ったのではない。
■知人から「自衛隊(海自)の先任伍長制度について学ぶべきだ」とアドバイスを受けた。先任伍長とは、艦を取り仕切る海曹士でクルーの指導係でもあり、海曹長か1等海曹が務める。曹士のしつけ等を含めた勤務全般をチェックし、幹部にアドバイスを与えるという立場にあり、先任海曹のトップに位置している。要するに、下士官(曹長)以下の、最高位にある役職である。
■この上位に士官以上、尉官、佐官、将官、参謀、幕僚長に至る幹部が位置している。有事の際には、士官以上は作戦本部に詰め、戦略戦術などを受け持つが、実際の戦闘行為現場の指揮命令は先任伍長以下が受け持つ。本当の戦闘部隊である。通常は、有事の際の訓練に励むが、甲板勤務から食事の準備、はたまた便所掃除に至るまでの作業指示、教育訓練も、先任伍長以下の現場責任で行われているという。
■「この制度を学べ」と言った知人の意図は何か。要するに、現場の作業一切は、隊員の基礎的な生活指導教育から戦闘行為の実践能力の習得まで、先任伍長以下の現場プロジェクトチームによって行われていることを学べということにあった。これを通して、もの作り大国ニッポンは、基礎的な人材教育も含めて、ほとんどの現場プロジェクトチーム力を鍛える機会を失ってきているということの指摘でもあった。
■もの作りの範疇には、情報処理産業界におけるシステム作りも含まれている。オフショアと言って、システム開発現場の最終工程であるプログラムコーディングの労働機会が、何の躊躇いもなく海外に持ち出されているが、同時に、システム開発現場のプロジェクトチーム力を高める機会も失われてしまっている。早い話が、作戦本部だけで有事に備えている格好になっている。
■軽率にも、システム作りの現場プロジェクトチームの仕事を、3Kだ、7Kだと次代の担う若者が忌み嫌い敬遠するように仕向けてきた。結果、何もできないコンサルタント、運用に耐えないシステムばかり作るデザイナー、アウトソーシングだけが頼りのシステム担当者などを排出してきている。ベンダー業界にしてもそうである。ユーザーニーズの把握できないSEや営業マンで蔓延してしまっている。
■3K、7K、10Kだろうが、しなくてならない仕事はやらなくてはならない。それが、歴史から学ぶ前の体験として必要な仕事なら、人材育成の観点からも避けて通るべきではない。これがキャリアパスの原点である。現在のベンダートップにしても、若かりし頃に体験した現場作業があって初めて多くを学べてきたはずである。人材育成の原点とは何か。年頭に当たって改めて問い直し、もの作り大国ニッポン再生を祈念したい。(藤見)(2009年1月号より)

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